夏休み(長期連休)の過ごし方と「あの夏」に得た教訓

近頃仕事が多忙であったため、しばらくぶりの更新となります。。

などと言い訳してはいるものの、つまりは「ただの怠慢」であります。

久々の更新は日記的内容。

朝の通勤時にバスに乗っていると、ふと気づきがありました。

「ん、なんだかやたら座席が空いているな。ラッキー」

その日はたまたま空いてただけだと思っていたのですが、翌日・翌々日も変わらずの空き具合。

そう、アレです。「サマーバケーション

どこかで読んだ薄い書物によると、日頃は学業に勤しんでいる学生さんたちにとって、この期間は非常に特別な期間であり、「夏合宿」や「夏祭り」、「ビーチパーリィー」から「エンドレスな8日間」まで多種多様なお楽しみイベントが目白押しなのです。

今となってはどこか果てしなく遠い、全く無縁の世界とはなっていますが、遠い目をして記憶の奥をまさぐってみると、かつては私にも彼らと同じように平等に「夏休み」という自由な時が与えられてたことを辛うじて断片的な記憶から拾い上げることができます。

考えてみると、大学生の頃にいたっては、季節が変わる毎にご丁寧に長期連休があり、あまり学業に意欲が沸いていなかった私的事情を含めて、下手すると年間の半分は休んでいたのではないでしょうか。

と、同時に感じることは

そこまでの長い休みの間、いったい私は何をやって過ごしていたのか??

ざっと思い返してみましたが、不思議なものでイマイチこれっといったものが浮かんできません。

期間的には色々できる事は多いはずなので、きっと何かはやっていたのだとは思うのですが、殆ど記憶に残っていない。。

恐らく、通常の週末と同じように「アルバイトをして」「仲間と遊ぶ」行為を永遠とループしていたような気がします。遊びの強弱の度合いに少し幅がでる程度で長期連休だからといって特別な事は実際していなかったため記憶に残っていないのでしょう。

今々考えると、非常にもったいない過ごし方をしたものだと思います。

学生の頃は休みが長すぎるがゆえに、日々の貴重さが薄れていたのかもしれません。

「怠け者は怠ける時間があれば、あるだけ怠ける事ができるのです」←(私

まぁ、学生の頃の自由放題の生活から「私の様な自己管理の出来ない人にあまりに多い自由を与えても無駄な浪費に終わってしまう可能性が高し」という人生の教訓を得たと考えれば、結果的に全くの無駄ではなかったかも知れません。

※今でこそ、怠け者であることの自己認識があるため、休みの日は極力予定を埋めておくことを心がけています。

学生らが夏休み期間中にやりたいことを自由奔放にしている間、私はゆっくりバスに座ると。悪いこと無し。

ジジイ化の加速を実感する夏の日となりました。

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