現実はクソゲーという妄想

今の生活にちょっとした不満が生まれたり、何となく行き詰まっている感覚を抱くことは誰しもあるかと思います。

私の場合、そんな時に頭の隙間に浮かんでくるのが、「あの時、こうしていれば今とは全く生活を送っていたんだろうなぁー」という妄想。
特に現在の生活に大きな不満がある訳でも、過去を悔いてるつもりもないのですが、違う現在を想像して現実逃避するのです。
人生のターニングポイントというのは無数にあります。
それらは大小様々で、一つの選択で今を大きく変えたであろう分岐点はもちろん、何気ない日々の小さな選択の積み重ねが「今」に大きな影響を与え続けているのです。
これは社会人になり、年月が経つにつれて色濃く反映されるため、否が応でも強く実感するようになってきました。
「人生はクソゲー」とは良く言ったもので(クソかどうかは置いておいて)、プレイヤーである私自身は日々選択を迫られ、無限に広がるルートマップの上を永遠と移動しています。
そこには特殊能力を持つ主人公も、取り巻くヒロイン達も存在しません。
それどころか、迫られる選択肢の大抵は一見つまらなく、体力やメンタルを浪費すものばかりに見えます。理不尽なクソイベントも蔓延しています。
重要なイベントフラグはどれも鉛で出来ているようで、重くてなかなか立ち上がりません。
それでも選び続けなければならないのです。
さらに、このゲームの厄介なところは「エンディング」が存在しないという事です。私が選択をしつづける限りマップ上を彷徨いクソだろうがなんだろうが終わりを迎える事はありません。
「もう、ゴールしてもいいよね・・」と満身創痍で言ったとしてもです。
思い描く理想のエンドをぼんやり抱きつつも、近づいているのか?遠のいているのか?そもそも目指すべき方向は何処だっけか?と時々足跡を確認し再びルートを進んでいきます。。。
「ハッ!」
と、現実に引き戻され、妄想にふけっている自分に気づきます。
さてと、退屈な選択肢をポチる作業に戻るか。。
未来のため。
自分は「今」何を選ぶべきなんだ?
そして「明日から本気出す」と小さく呟き、深い眠りにつくのです。
これも一つの選択。
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レクタングル大
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